vavavaの観劇メモ

観に行った舞台のメモや感想です。完全に自分用なのでネタバレにはご注意を。

【舞台】『三文オペラ』を観てしまった。

特撮ファン的には松岡充がかっこよかったので満足です!!

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とでも言っておけばいいのでしょうか。以下、そんな単純には済ませられない感想の書きなぐり。ネタバレ大。

ブレヒトの何たるかも知らないまま生きてきて申し訳ないですが、観ちゃった以上は文字にしておきます。

貧困の差をはじめ社会への問題提起、芸術の消費やあり方、 劇場の役割など多方面へのメッセージや皮肉を感じました。

自分は普通席から観ました。座席はもちろん、観た人の社会的立場によっても受ける印象が大きく変わりそうです。1回しか観に行けないのが悔しいくらい良かったです。

あらすじ

マクヒィス(松岡充)は、乞食商会社長ピーチャム(白井晃)のひとり娘ポリー(吉本実憂)をみそめ、その日のうちに結婚式を挙げる。それを知ったピーチャムとピーチャム夫人(村岡希美)はなんとか別れさせようと、マクヒィスと長年の親友同志である警視総監タイガー・ブラウン(高橋和也)を脅し、マクヒィスを逮捕させようとする。

両親の企みをポリーから聞いたマクヒィスは、逃げると称して娼館に立ち寄るが、そこで昔なじみのジェニー(貴城けい)に裏切られ、逮捕されてしまう。牢獄に入れられたマクヒィスをたずねたポリーと、マクヒィスといい仲になっているブラウンの娘ルーシー(峯岸みなみ)が鉢合わせすると、二人の嫉妬の口論を利用し、マクヒィスはまんまと脱獄するが・・・

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 『三文オペラ』|KAAT 神奈川芸術劇場

感想や思ったこといろいろ

役者まわり

主人公のマクヒィスはクズofクズなんだけどそれを演じる松岡さんがエロカッコよすぎて「もうどうでもいいや」ってなる。

悪党と警察のトップが仲良しという、ある種「よくある」シチュエーションではあったが、その距離感がコミカルで、面白かった。戦友っていいな。

P席関係

作品の肝がここに詰まっているように思えるのでかなり長めに…

曰く「乞食席」で、立ち見&一部参加型というとんでもない席。どんな席かは他を当たると色々とヒットすると思います。このP席の使い方(装置・演出効果)が実にメタ的で皮肉がきいていて、とても良かったです。

というかモヤモヤとイライラというか、観終わってからずっと落ち着かないのです。

劇場に来る客層は(舞台だけでなく音楽やアイドルなど)何かしら芸術に触れている場合がほとんどだろうし、まして進んでP席を選ぶのなら尚更のこと文化人であろう。

その中に明らかに職業役者と思しき者がいるのも当然といえば当然で、彼等が目立つことでこれは誰の舞台だっけと思ってしまう。個のスキル面の統一感のなさが群衆らしさを際立たせると同時に、「三文」という感じを引き立てるように思えて仕方がない。

ラストで文字通り「金を浴びる」という演出も、悪い言い方をすれば「低賃金で装置として労働させられている」んですよね。

P席が華々しく見えれば見えるほど、芸術を娯楽として刹那的に消費しているだけというメッセージが光る。

何より自問自答の合わせ鏡に陥るのが秀逸で、

  • この人たち作品に消費されてる...
  • でも作品世界の乞食の姿は必死なだけ
  • 結局はピーチャム商会に搾取される立場だよな
  • 率いる側に立つピーチャム氏ってもう、権利者の側になっているのでは

などとループが続く。皮肉。演出家の術にかかっているのは他ならぬ私自身なのである。

念のため補足しておくと「この作品を間近で見られる」「ある意味で谷演出を受けられる」というありがたさはあります。魅力です。

P席目線だとこの感想が面白かったです。

www.shortnote.jp

そのほか

吊り装置の監獄の柵が横いっぱいに広がると、檻に閉じ込められているのはキャラクターなのかはたまた我々自身なのかがわからなくなる。柵という壁がある中で第四の壁を破るような問いかけがあった気がする。

日本国憲法のうち「幸福追求」「健康で文化的」の2つを読み上げたのも強い意図を感じずにはいられない。このご時世、舞台を観る(ライブに行く、スポーツ観戦に赴く、など)行為を日常的に取り入れている人がどれくらいいるのだろう。

文化的って何だ。少なくとも自分は観に行っている時点で文化的なのかもしれないが収入的には底辺だぞ、保険ローン退職金年金なんて考えだしたら健康的だっていつまで持つか。

それと唐突の大団円、経路はきっと違うだろうが原作も唐突なのだろう。単純に歌劇としての華々しさはあったけれど、これを見せられて唖然とした(褒めてる)。拍手する気になれなかったし、ましてスタンディングオベーションなど吐き気がする(めっちゃ褒めてる)。

装置メモ

奥行きのある広いアクトスペース、客席中央まで伸びる花道。背後や上手側は見えているというか、見切れに関してはかなり大胆な印象を受けた。が、貧民街の雑多な感じと合っていて、むしろ自然である。

下手にはバンドスペース。クラシック・古典でこんなジャンジャカ演奏したら怒られそうだなーと思う一方、そのアンバランスさが妙に合っていて心地よかった。

彼らの衣装やメイクもまた泥臭い出で立ちで舞台を盛り上げていた。音楽関係の知識は皆無なんですが、このドレスコーズってググったらすごいひとたちやん。。

吊り装置の電光掲示板が場転やあらすじを教えてくれるので内容が入ってきやすい。アンケート結果を出すのなんてまさに掲示板の役割だし、語り部として機能していた。あと文章もユーモアあって良い。

まとめ

とにかく芸術の役割についての問題提起が刺さる刺さる。ただの逃避ではないのかと。

これは全く個人的なことだけど、逃避の手段でもいいのではと思ってしまう。というか、その逃避のために生きている節があるなあと思うんです。

ゲームが好きなのも、舞台を続けてるのも、ただの逃避なのだろうか。その一瞬の虚構を過ごすために仕事なり稽古なりがあるわけで、それらはことごとく現実的である。じゃあちゃんと現実を見ているじゃないかと。

そう考えると、もしかしてちゃんと生きてる?まだ創作の側に立てているのではないか?そう問える間はこれでいいのかもしれないと、再認識した次第。

『三文オペラ』作:ベルトルト・ブレヒト/音楽:クルト・ヴァイル/演出・上演台本:谷 賢一/音楽監督:志磨 遼平(ドレスコーズ)
2018/01/31(水)19:00@KATT神奈川芸術劇場